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素読のすすめ

平成30年4月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第三章 正しく生きる
第17回 『正正堂堂』せいせいどうどう

軍隊の陣容が整って立派なこと。転じて、人の態度などの正面から取り組んで立派なことに(たと)える。
出典は「孫子」軍争篇。「正正」は、よく整っていること。「堂堂」はいかめしく立派なこと。
今日では、高校野球の開会式の選手宣誓などで、よくこの言葉が使われます。その場合、チームも選手個人もおかしな駆け引きせず、真正面からいさぎよく戦うという意味で使い、「公明正大」とも近い。

楽しい素読

正正(せいせい)(はた)(むか)うるなかれ
堂堂(どうどう)(じん)()つなかれ
()(へん)(おさ)むる(もの)なり
      「孫子」

大意
「正正の旗」…高らかな理想・目標(スローガン)を掲げて、よく整った集団(攻めに強い組織)を迎え撃ってはならない。「堂堂の陣」…重々しい建物(お堂)のような陣構えの集団(守りに強い組織)に攻撃をしかけてはいけない。これは正正堂堂のわざわい、みだれを治める集団である。

鑑賞
私たちは、どんな時代にあっても、ロマンを掲げ、目的を失わず堂々と正しい理念を進めてまいりたいものです。

平成30年3月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第16回 『浅学非才』せんがくひさい

学問が浅く、才能が乏しい(足りない)こと
この語は、謙遜に用いられる場合が多い
例えば、ある大事な任務をまかされた時などに…「私こと、浅学非才の身をかえりみず、この大任を負って…」などとへりくだる時などに用いることば。

楽しい素読

曽子(そうし)()はく、()日々(ひび)()()三省(さんせい)す。
(ひと)(ため)(はか)りて(ちゅう)ならざるか、朋友(ほうゆう)(まじ)わりて(しん)ならざるか。(なら)わざるを(つた)うるか。
      「論語」学而第一

※曽子は孔子の門人、姓は曽、名は(しん)、非常に親孝行で真面目な性格、いつもへり下ってものを考え、日々反省を重ねながら努力精進した人のようです。

大意
 曽先生がおっしゃることに「自分は毎日、以下の三事について自分の言行を反省している。それは、他人の相談を受けて、その人の身になって判断したとき、自分の誠心(まごころ)を傾け尽くさなかったのではないか。また友人と交際して、信実でなく、あるいは偽ったことがあったのではないか。さらにまた、先生から(せっかく)教えていただいたのに自分がまだ十分習熟していないことを人に伝えていないか」と。
○三省…たびたび反省すること
○謀……相談ごとに自分の意見をのべる
○忠……他人に自分の誠意(まごころ)を尽す
○信……うそいつわりのない誠実さ
○伝不習乎…自分が十分身につけていないことを知ったかぶりをして、人に教え伝えはしなかったか。

平成30年3月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第15回 『堅忍不抜』けんにんふばつ

堅くこらえて動かない。がまん強く志を変えない。
堅忍(けんにん)」は、がまん強く正しい
不抜(ふばつ)」は、抜けない、動かないの意で
『老子』に「善く建つ者は抜けず」(しっかり建てたものは抜けない)と見え、「不抜の志」という用い方も後にするようになった。

楽しい素読

   <(また)くぐり>十八史略より

 (はじ)淮陰(わいいん)韓信(かんしん)(いえ)(まず)しくして城下(じょうか)(つり)す。漂母(ひょうぼ)あり。(しん)()えたるを()(しん)(はん)せしむ。
(しん)()はく、「われ(かなら)(あつ)(はは)(むく)いん」。(はは)(いか)りて()はく「大丈夫(だいじょうぶ)(みずか)()うこと(あた)わず。われ王孫(おうそん)(あわれ)みて(しょく)(すす)む。あに(むく)いを(のぞ)まんや」。
 淮陰(わいいん)屠中(とちゅう)少年(しょうねん)(しん)(あなど)(もの)あり。(しゅう)によりてこれを(はず)かしめて()はく、「なんじ長大(ちょうだい)にして(この)みて(けん)()ぶといえども、中情(ちゅうじょう)(きょう)なるのみ。よく()せばわれを()せ。(あた)わざれば()胯下(こか)()でよ」。
(しん)これを熟視(じゅくし)し、()して胯下(こか)より()でて蒲伏(ほふく)す。
 一市(いっし)(ひと)、みな(しん)(きょう)(わら)う。

大意
 韓信は淮陰の人であったが、貧しい家の出で若い頃は何もすることがなく、毎日淮陰の郊外で釣りをしていた。そんな時、ひとりの木綿晒し姿の婆さんが韓信のいかにも腹を減らしたような顔に同情して飯をめぐんでくれた。
「きっといつか恩返しをするからな」。
韓信が礼をいうと老婆は怒った。
「そんなつもりじゃないよ。大の男が飯も食えないでいるじゃないか。可哀そうだから食べさせてやっただけさ。お礼だなんていわないでおくれ」。
 また、こんなこともあった。淮陰の屠殺者の若者で、韓信をバカにしている男がいた。あるときかれは多勢をたのんで韓信にいちゃもんをつけてきた。
「やいやい、そんな長い剣なんぞぶらさげやがって、本当はビクビクしているんだろうが。さあ、度胸があるんなら、おれを刺してみろ。それがこわけりゃ、股をくぐれ」。
韓信はじっと相手を見ていたが、やがて地べたに這いつくばって、男の股をくぐった。見物人は、なんという臆病者かと、韓信を嘲けり笑った。

後日談
 その後、韓信は大将軍となり、楚王に封ぜられ故郷淮陰に錦を飾った。そして、まず木綿晒しの婆さんを呼んで、千金をあたえた。また股くぐりをやらされた若者を召し出し、中尉に取り立てた。このとき、部下の将軍や大臣たちに、こう紹介したという。
「あの時、わたしはこいつを殺そうと思えば殺せた。だが殺したところで名があがるわけではない。そう思ってじっと耐えた。この男がいたからこそ、今日のわたしがある」。

平成30年2月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第14回 『巧言令色』こうげんれいしょく

口先上手で、上べを飾ること。「巧」はたくみ。「令」は善いの意。令色…いい顔色で。
「論語」学而第一に「巧言令色 (すく)なきかな仁」(口がうまく、上べを飾るやつは仁徳が少ないぞ)という孔子の言葉があります。鮮なきかな…は仁徳が少ないことをより強い表現方法で示したもの

楽しい素読

()()はく、「巧言令色(こうげんれいしょく)(すう)(きょう)なるは、()(きゅう)(めい)()れを()ず、(きゅう)()()れを()ず。(うら)みを(かく)して()(ひと)(とも)とするは、()(きゅう)(めい)()れを()ず、(きゅう)()()れを()ず。
   「論語」公冶長第五
※左丘明は、魯の大夫にして(有名な人)とありますから孔子が大変尊敬していた先輩ではないかと考えられています。

大意
孔先生がおっしゃるには「口先を上手に、表情も和らげて人に媚び、丁寧に過ぎる有様は、左丘明は恥ずべき態度としたが、私も恥ずべき態度と思う。心に怨みを秘めたまま、その人と友となることは、左丘明は恥ずべき態度としたが、私も恥ずべき態度と思う。」と。