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素読のすすめ

平成31年1月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第36回 『浩然之気』こうぜんのき

天地に満ち満ちた広々とした気。大いなる元気。「孟子」下記に見える語。
※道義に合った正しい心を持っていれば、大きな元気となるという語。広い大きな心、世俗に染まらない純粋な気分という意味ですから、この文章は特に朗らかに、晴れ晴れとした気分で何十ぺんでもくり返し朗唱してもらいたいものです。

楽しい素読

()はく、()()ふを()()()()浩然(こうぜん)()(やしな)ふ。()えて()ふ。(なに)をか浩然(こうぜん)()といふ。()はく()(がた)きなり。()()たるや至大(しだい)至剛(しごう)(ちょく)をもって(やしな)いて(がい)する()ければ(すなは)天地(てんち)(かん)(ふさ)がる。()()たるや()(みち)とに(はい)()()ければ()うるなり。
   「孟子」公孫丑章句 上

大意
私は自分の浩然の気をよく養う。それはもっとも大きく、もっとも強く(至大至剛)まっすぐでこれを養っていけば天地の間に充満する。この気は、義と道(道義)とに配合するもので、道義がなければ消えてしまうものである。

平成31年1月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第35回 『温厚篤実』おんこうとくじつ

穏やかで情が深く、誠実なこと
温厚は「礼記」(五経の1つ)に「天地温厚の気」という表現が見え、はじめは気候が暖かく和らぐことを意味していた。それがだんだん広がって、人柄や文章の調子など穏やかでじっくりしているのを表現するようになった。
篤実は、情が厚く物事に誠実なこと「剛健篤実」という語が「易経」の注に見え「篤実人」という評語が史書に見える。これらの用例を見ると芯がしっかりと強い、という意味も含まれているようだ。温厚篤実、志操堅固といえば、非の打ちどころがない。

楽しい素読

()()はく、「(けん)なるかな(かい)や。一簞(いったん)()一瓢(いっぴょう)(いん)陋巷(ろうこう)()り。(ひと)()(うれい)()へず。(かい)()(たのしみ)(あらた)めず。(けん)なるかな(かい)や。」
   「論語」雍也 第六

大意
一簞(いったん)()、食というのは、食べ物という時の食は、と読ませます。食べるという時にはショクです。
誠に顔回というのは賢者である。僅かな簞、簞というのは竹で造ったオハチだそうですが、瓢はヒョウタン、僅かに竹のオハチに御飯が入っており、それから何の飲み物か分かりませんがヒョウタンにあるだけ、といったまことに粗末な生活です。そして陋巷というのですから路地の奥でしょう。路地の奥に貧乏な生活をしております。あんな貧乏な生活をしておるならば、普通の人ならもう悲しくてたまらんだろう、ところが顔回は楽しむことを改めず、悠然として道を楽しんでおる。実に賢なるかな回や、とその立派なことを孔子は繰返してほめられております。
顔回が一体何を楽しんだかというような問題。これは顔回は、孔子のような立派な先生に終始ついて教えを受け、そうして、自分が立派な人間になるということの教養は、「(いかり)(うつ)さず、(あやまち)をふたたびせず」というような、それだけの教養もできておる人間ですから、貧乏なことなど気にならなかったのでしょう。住いが路地の奥であっても一向平気で、その楽しみはまことに立派でありました。
※別の言葉に言いかえるならば、顔回という人は、人格をきたえ磨くということに常に全精力を注いで他のことには一向気にしないでいたといえるのではないでしょうか。