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素読のすすめ

平成30年8月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第26回 『公明正大』こうめいせいだい

心が潔白で曇りがなく、正しく堂々としているさま
「公明」は私心のないこと、隠し立てしないことの意
「正大」は論語(朱熹)の注に見える。「子路の学、己に正大高明の域に(いた)る」とあり、孔子の弟子の子路は極めて高く立派な学者の域に到達している、と評している。

楽しい素読

司馬(しば)(ぎゅう)君子(くんし)()う。()()はく、「君子(くんし)(うれ)えず(おそ)れず。」()はく、「(うれ)えず(おそ)れざる()(これ)を君子と()うか。」()()はく、「(うち)(かえ)りみて(やま)しからずんば、()(なに)をか(うれ)(なに)をか(おそ)れん。」
   「論語」顔淵第十二

大意
司馬牛が、仁者というのはとても及びもないものですから、それよりも一段と低い君子というのは一体どんな人が君子でございましょうかといった時、孔先生が、君子はくよくよと心配もしないし、(おそ)れもしない。これはその当時司馬牛の兄の桓魋が大変な勢力で乱を起し、ついには失敗に終ったのですがそういうふうに兄が危いとされているものですから、孔先生はそれに引っかけていわれたものらしいのです。司馬牛が非常に心配ばかりしておったのでしょう。それで心配する必要もない。(おそ)れもしないのだ、といわれた時に、それだけで君子といえるでしょうか。やはり不思議に思ったのでしょう。それで孔先生が、自分自身省みて少しもやましいところがないのだから、心配したり、おそれたりする必要はないのではないか。自分自身正しいことをやっておって、仰いで天に()じす。伏して地に恥じないような生活をしているなら、何もくよくよと心配苦労をする必要はない。こういわれた。

平成30年8月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第25回 『弊衣破帽』へいいはぼう

破れた着物や帽子のこと。転じて身なりにかまわないさまをいいます。
お洒落(気の利いた服装や化粧に心掛けること)に対する反語=蛮カラ(わざと汚い格好をして人目を引く)
※外目より人間の中身だ…という自己主張。

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()()はく「(やぶ)れたる褞袍(おんぽう)()孤狢(こかく)()たる(もの)と、()ちて()ぢざる(もの)は、()(ゆう)なるか。(そこな)はず(むさぼ)らず、(なに)()ってか()かざらん。」
子路(しろ)終身(しゅうしん)(これ)(しょう)せんとす。()()はく「()(みち)は、(なん)(もっ)()しとするに()らん。」
    「論語」子罕第九

大意
孔先生が弟子の子路をほめられたのです。
破れた綿入れを身につけて、狐、(むじな)の衣を着ている人と立って話をしていても、少しもこちらで劣等感をもたないのは子路ぐらいな者であろうか、詩経の中に、金持だから威張るでもなく貧乏だからといって恥ずかしいこともない。それが最高にいいことなのだという文句があると、詩をひいて子路の徳を褒められたわけで子路は大変喜び、これは先生のいいお話を伺ったといい、終身これを口ずさんでいた。孔先生が申されるには(励まして)道というものは、それだけではいいとはいえない。もっとやらなくてはと戒められた。

平成30年7月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第24回 『天衣無縫』てんいむほう

詩や文章が自然で美しくできていること。
人柄が飾り気なく、純真のことのたとえ。
昔、郭翰(かくかん)という人がいて、夏の夜、庭で寝ていると天から天女がひらひらと舞い降りて来て「私は織女です」と名のりました。郭翰がその美しい着物をよく見るとどこにも縫い目がないのです。わけを尋ねると「天女の着物はもともと針や糸で作ったものではありません」。と答えたといいます。「天衣」は天女の着物、「無縫」は縫い目が無いこと。
天女の着物に縫い目がないように、出来た文章に技巧の跡がなく、完全で美しいことをいう。転じて飾り気がなく、素朴で純真な人柄のことをいいます。

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孔子(こうし)(しゅっ)す、原憲(げんけん)(つい)()げて草沢(そうたく)(うち)にあり。子貢(しこう)(えい)(しょう)たり。(しか)して()(むす)()(つら)藜藿(れいかく)(おしひら)窮閭(きゅうりょ)()り、(よぎ)りて原憲(げんけん)(しゃ)す。(けん)弊衣(へいい)(かん)(ととの)へて子貢(しこう)()る。子貢(しこう)(これ)()じて、()はく、夫子(ふうし)()()まんか、と。原憲(げんけん)()はく、()(これ)()く、(ざい)()(もの)(これ)(ひん)()ひ、(みち)(まな)んで(おこな)(あた)はざる(もの)(これ)(へい)()ふ。(けん)(ごと)きは、(ひん)なり。(へい)(あらざ)るなり、と。子貢(しこう)()じ、(よろこ)ばずして()る。終身(しゅうしん)()(げん)(あやま)ちを()ずるなり。
  孔子全書「史記」仲尼弟子列伝第七

○原憲、(あざな)は子思、孔子の弟子。清静にして節を守り、貧にして道を楽しむ。
○子貢、端木賜(たんぼくし)、子貢は(あざな)、孔子の弟子。言語、弁説に巧みで、財をふやすことに長けていた。
○駟を結び騎を連ね…四頭の馬を車に結び、従者を引き連れて
○藜藿、ここでは貧しい集落の意。
○窮閭、むさくるしい里。貧しいちまた。

大意
孔子の死後、原憲は隠遁(いんとん)として草深い沼沢(しょうたく)に住んで道を楽しんでいた。子貢は、衛の国の大臣に栄達して、四頭立ての馬車に乗り、従騎を引き連れて、草深いむさくるしい里を通過した折、そこに隠棲(いんせい)する原憲に挨拶しようと立ち寄った。原憲は、やぶれた衣冠をととのえて子貢と会見した。子貢は、原憲のみすぼらしいなりを見て恥ずかしく思い、あなたともあろう方がどうしたのだ。病んででもおられるのか、と言った。これに対して原憲は、わたしは、財の無いのを(ひん)()い、道を学んでも実行できない者を病と謂うと聞き知っている。自分は貧ではあるが、病ではない(つまり貧しくはあるが、学んだ道を実践して楽しんでいる)といった。これを聞いて子貢は、己を()じて心よからず別れて行き、生涯、自分の失言を()じた。