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素読のすすめ

令和2年1月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第60回 『天真爛漫』てんしんらんまん

これも人柄をいう言葉。生れつきの良いものがそのまま自然にあふれ出ていること。
「天真」は、天から与えられた人の本性。杜甫の李白を(うた)う詩に「酒を嗜んで天真(あら)わる」という。酒好きの李白が一杯やると、その純粋な本性が外に現れる、と。「無邪気」というのに近い意味だ。「爛漫」は瀾漫とも書く。ランマンと下の音がそろう畳韻語(じょういんご)である。物がちらばり広がるさま。花が咲きみだれる光景に用いる。
四字連なった用例は、明初頭の「輟耕録(てつこうろく)という書に絵の出来栄えを「天真爛漫として物表(ぶつひょう)に超出(外へ飛び出す)」と評したのが初めてのようだ。この語には明るいイメージがまつわっている。

楽しい素読

(もも)夭夭(ようよう)たる    わかい桃の木
灼灼(しゃくしゃく)たるその(はな)  あかい花びら
()()()(とつ)がば   この娘は嫁入り
()室家(しつか)(よろ)しからん しあわせになる

(もも)夭夭(ようよう)たる    わかい桃の木
有賁(ゆうふん)たる()()   ゆたかなその実
()()()(とつ)がば   この娘は嫁入り
()室家(しつか)(よろ)しからん しあわせになる

(もも)夭夭(ようよう)たる    わかい桃の木
()()蓁蓁(しんしん)たり   しげったその葉
()()()(とつ)がば   この娘は嫁入り
()室家(しつか)(よろ)しからん しあわせになる

鑑賞
詩は(ふう)()(しょう)の三つに分類されており、「桃夭」は風(黄河流域にあった国々に伝わる民謡)の部。夭夭たる(若々しい)桃の木が美しい娘の象徴となっている。単純な繰返しだが、トン、トン、トン、トンと四言詩の軽いリズムにのって嫁入りの娘のしあわせを手拍子をうってはやしている明るい雰囲気が伝わってくる。
〔四言古詩〕

令和2年1月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第59回 『春風駘蕩』しゅんぷうたいとう

春風がのどかに吹くさま。転じて。人柄が明るくゆったりしているさま。
六朝(りくちょう)謝朓(しゃちょう)(五世紀の詩人)に「春物(しゅんぶつ)(まさ)駘蕩(たいとう)たり」という句があるのが、もとの出どころだろう。これは春の景色がのどかなことを詠う。
「駘」の原義は、のろい馬、「蕩」は広く流れる水の意だが「駘蕩」と連ねて「広く大きいーのどか」の意となる。タイタウ(トウ)と音がそろう。
磊落(ライラク)」「駘蕩(タイタウ)」のように上の音がそろうのを「双声(そうせい)」といい、「霹靂(へきれき)」のように下の音がそろうのを「畳韻(じょういん)」という。どちらも物を形容する語である。
「春は名のみの風の寒さや」(早春賦)という歌もある。「春風駘蕩」となって初めて春本番となる。

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    曲江二首(きょくこうにしゅ)  杜甫(とほ)
      (一)
一片(いっぺん)(はな)()んで(はる)減却(げんきゃく)
(かぜ)万点(ばんてん)(ひるがえ)して(まさ)(ひと)(うれ)えしむ
()()()きんと(ほっ)する(はな)(まなこ)()るを
(いと)()かれ(おお)きに()ぐる(さけ)(くちびる)()るを
江上(こうじょう)小堂(しょうどう)翡翠(ひすい)()()
范辺(えんへん)高塚(こうちょう)麒麟(きりん)()
(こま)かに物理(ぶつり)()すに(すべか)らく行楽(こうらく)すべし
(なん)(もち)いん浮名(ふめい)もて()()(ほだ)すことを

大意
ひとひらの花が飛び散っても春はそれだけ衰えてゆくのに、まして風が万片の花びらを吹きたゞよはすときこそ人の愁を誘わずにはおかぬのだ。
しかし まあまあ散り尽くそうとする花が眼の前を過ぎ去るのを眺めるとしよう。
また過ぎるといって非難される酒を今日は口につぎこむことをいとうまい。
川のほとりの小さな(ちん)には今も主もなく、かわせみが巣喰うており、御范のあたりの高い塚のまえには石造のきりんがねそべっているだけ。
物の道理を子細に推し測ってみるのに、人生はおもしろおかしく暮すべきもの虚名にこの身もしばられるのは無用のことのようだ。

○この曲江は池の名、長江の東南隅にあたる景勝の地で、ことに春は長江市民の行楽の地として賑わった。
○物理は、万物を支配する根本原理。杜甫は万物必滅こそそれだといいたいのである。

      (二)
(ちより)より(かえ)りて日日(ひび)春衣(しゅんい)(てん)
毎日(まいにち)江頭(こうとう)(すい)()くして(かえ)
酒債(しゅさい)尋常(じんじょう)()(ところ)()
人生(じんせい)七十(しちじゅう) 古来(こらい)(まれ)なり
(はな)穿(うが)蛺蝶(きょうちょう)深深(しんしん)として()
(みず)(てん)する啨蜒(せいてい)款款(かんかん)として()
風光(ふうこう)伝語(でんご)(とも)流転(るてん)しつつ
暫時(ざんじ)相賞(あいしょう)して相違(あいたご)うこと()からんと

大意
毎日朝廷から退出すると春着を質におき、曲江のほとりで酔いしれてから家に帰る。
酒手の借りはあたりまえのことで、行く先き先きにあってよいが古来七十まで生きる人はめったにない。
花のしげみをぬってゆくちょうちょうは奥深くに見え、水に尾をたたくとんぼはゆるやかに飛んでゆく。
春の景色にことずてしょう。私もおまえも、ともに時間の上を流転しつつ、しばしお互いに大切にしあって、そっぽをむかぬことにしよう。
○朝・朝廷
○典・質におく
○酒債・酒の借金
○奌水・水面に尾をぱちぱちとたたく
○蜻蜒・とんぼ
○風光伝語・春の景色にことずてする
○共流転・風光は自分とともにおしうつって行く
○相違う・たがいにそむきあう

令和元年12月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第58回 『五風十雨』ごふうじゅうう

五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降る、気候が順調なこと。豊年の兆し。転じて世の中が大平なこと。後漢の学者王充(おうじゅう)の『論衡(ろんこう)』に見える。
「風は(えだ)を鳴らさず、雨は(つち)を破らず、五日に一風、十日に雨」と。柔かい風は五日に一度、(おだ)やかな雨は十日に一度。大平のしるし。
中国では五日を一候(いっこう)といい。三候(15日)を一気といい、一年を二十四気(節気ともいう)に分ける。
春は立春から始まり・雨水(うすい)啓蟄(けいちつ)春分(しゅんぶん)清明(せいめい)穀雨(こくう)
夏は立夏・小満(しょうまん)芒種(ぼうしゅ)夏至(げし)小暑(しょうしょ)大暑(たいしょ)
秋は立秋・処暑(しょしょ)白露(はくろ)秋分(しゅうぶん)寒露(かんろ)霜降(そうこう)
冬は立冬・小雪(しょうせつ)大雪(たいせつ)冬至(とうじ)小寒(しょうかん)大寒(たいかん)へと廻る。

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   春夜(しゅんや)(あめ)(よろこ)ぶ 杜甫(とほ)
好雨(こうう) 時節(じせつ)()
(はる)(あた)って(すなわ)発生(はっせい)
(かぜ)(したが)って(ひそ)かに(よる)()
(もの)(うるお)して(こま)やかにして(こえ)()
野径(やけい)(くも)(とも)(くろ)
江船(こうせん)()(ひと)(あき)らかなり
(あかつき)(くれない)
湿(うるお)える(ところ)()れば
(はな)錦官城(きんかんじょう)(おも)からん

    春の夜の雨を喜ぶ
よい雨は降るべき時節を知っており
春になると降り出して、万物が萌えはじめる
雨は風につれてひそかに夜まで降りつづき
こまやかに音もたてずに万物を潤している
野の小道も雲と同じように真黒であり
川に浮かぶ船のいさり火だけが明るく見える
夜明けに赤くしめりをおびたところを見るならば
それは錦官城に花がしっとりぬれて咲いている姿なのだ

○詩句の中に「喜」の語は一つもないが、錦官城(錦城=成都)の町いっぱいに咲く花に目を細めている姿が偲ばれる。

令和元年12月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第七章 自然と人生
この章では自然の移り変りゆくさまを見つつ わが人生について考えてみることにしましょう。
第57回 『三寒四温』さんかんしおん

寒い日が三日続くと、次に暖かい日が四日続くこと。晩秋、冬、初春の候をいう。気象用語で特に出典というものはない。元来は北国の気候についていう語。中国の北部、東北部(昔の満州あたり)韓国などでよく用いる。
寒さも三日がまんすると暖かさがきてホッとするが、暖かい日を思うとまた寒さがぶりかえす。
季節的には、冬の寒さから一進一退しつつ春の暖かさへ向う時候にいうことが多い。イギリスの詩人シェリーの句という「冬来たりなば春遠からじ」に通う。春めく心。

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   春暁(しゅんぎょう) 孟浩然(もうこうねん)

春眠(しゅんみん) (あかつき)(おぼ)えず
処処(しょしょ) 啼鳥(ていちょう)()
夜来(やらい) 風雨(ふうう)(こえ)
(はな)()つること()多少(たしょう)

     春の夜明け
 春の眠りは心持よく、夜が明けたことにも気づかない
 あちらこちらから鳥のさえずりが聞こえてくる
 昨夜からの風と雨で
 咲いた花が、どれほど散ってしまったことだろうか

鑑賞
春のおだやかな気象の中で、静かに移りゆく花鳥の生の営みに対する作者の優しい心使いが伝わってくるようです。

令和元年11月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第56回 『優柔不断』ゆうじゅうふだん

ぐずぐずして煮え切らない。決断力がないこと。
「優柔」はユウジュウと音のそろう畳韻語(じょういんご)
もともとは優しい、おとなしい、ゆったりしているなど、良い意味の言葉だったが、ぐずぐずする、ためらうなど悪い意味に変わったようだ。
実はこれに似た言葉に「優游(ゆうゆう)(遊)」があり、こちらの方は『尚書大伝(しょうしょだいでん)』(漢代の書経学の書)に「周公(まさ)に礼学を(おこ)さんとして優游すること三年、(おこ)(あた)わず」と、礼学の制度を興すのに周公が三年ぐずぐずして、結局できなかったことをいう。
四字熟語としても「優游不断」が「漢書」に見え、決断力のない意味に用いている。
優游と優柔は音も似ており、いつの間にか混同して用いられたのでありましょう。

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()()はく、「(これ)如何(いかん)(これ)如何(いかん)()はざる(もの)を、()(これ)如何(いかん)ともする()きのみ」
     「論語」衛霊公第十五

どうしよう、どうしようと言って、一生懸命その方向に向って努力しようという気がなければ、何とも手はつけられない。とても始末にはおえない。
孔先生は、終始門人を引き立てるにも、頭からしまいまで、噛んでふくめるようにお話はしないのです。必ず一隅を示して、三隅を以って省りみなければ(ふた)たびせずという。何のことでもその一端をお話になり、後のことは自分で考えるようしなければ、もう教えてもしょうがないと言っておられるくらいですから、自分で、どうしたらよいだろうという熱心な気持ちがなければ、何とも仕様がないと言はれたのはもっともな言葉でしょう。

令和元年11月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第55回 『守株待兎』しゅしゅたいと

古いやり方や考えになじんで融通(ゆうずう)のきかない態度をいう。「(かぶ)(まも)りて(うさぎ)()つ」と読む。
守株(しゅしゅ)」と二字だけでもいう。
韓非子(かんぴし)」に見える話に基づく。
宋(中国の河南省にあった国)の人で、田を耕す男がいた。田に木の切り株があり、たまたま兎が走ってきて株に触れ、首を折って死んだ。それからというもの、男は(すき)を捨て、株を守って(番をして)いたが、兎は二度と手に入らず、国中の笑い者になった。
得られる筈もない兎をただ待ち暮らす、そのように成果が期待できない古いやり方を頑固に通す者を「守株」という。
北原白秋作詞、山田耕筰作曲で「待ちぼうけ」という歌になっている。

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      守株(しゅしゅ)
宋人(そうひと)()(たがや)(もの)()り。田中(でんちゅう)(かぶ)()り。(うさぎ)(はし)りて(かぶ)()れ、(くび)()りて()す。()りて()(すき)()てて(かぶ)(まも)り、()(うさぎ)()んことを(こいねが)ふ。(うさぎ)()()べからずして()宋国(そうこく)(わら)ひと()れり
        「韓非子(かんぴし)五蠹(ごと)

○宋人・宋の国の人。「宋」は春秋戦国時代の国名
○田 ・耕作地。畑。
○触株・切り株にぶつかる。「株」は木を切りたおした残りの部分。切り株。
○因 ・それが原因で。そこで。
○釈 ・捨てる。放り出す。
○耒 ・すき。手に持って田畑を耕す農具。
○守 ・見張る。番をする。
○冀 ・願う。望む。
○不可復・決して……できない。
○為宋国笑・宋国(の人々)に笑われるの意。

令和元年10月15日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第54回 『自暴自棄』じぼうじき

自分を大切にせず、なげやりにする。やけになる。
(みずか)(そこな)(みずか)()つ」と読む。『孟子』に出る語。「自ら暴う者は与に言う有るべからざるなり。自ら棄つる者は与に為す有るべからざるなり」(自暴自棄の者とは、一緒に話したり、行動することはできない)といい、礼儀にそむくのを「自暴」、仁義をわきまえないのを「自棄」という、と説明している。
日常では受験に失敗して遊び(ほう)けたり、事業に坐折して酒に身を持ちくずしたりするような場合に、自暴自棄だ、と言う。「やけくそ」「すてばち」などが近い意味の語でありましょう。

楽しい素読

  ―自ら()つる者―
    …論語にこんな一章があります。


冉求(ぜんきゅう)()はく、「()(みち)(よろこ)ばざるに(あら)ず。(ちから)()らざればなり。」()()はく、「(ちから)()らざる(もの)中道(ちゅうどう)にして(はい)す。(いま)(なんじ)(かく)せり。」
      「論語」雍也第六

大意
冉求が、先生の教えてくださる道(生き方)を心から喜ばないわけではありません。どうも私の力がそこまでは及ばないのです。といって嘆息したのです。そこで孔先生が言われるのに、力が足らなければ途中でゆき倒れになる。お前は途中で打ち切って、画す――ここまでといって自分で決めこんでいる。どこまでも自分の力の限り進むという気がなくて途中でお前は止めているのだ、それではいけない、といって激励されたわけです。
自分の全力を尽くしてやるだけやるという精神がなくてはいけない。
もうとても私にはできないといって途中で止めてはだめだというおさとしの言葉です。

令和元年10月1日
素読のすすめ 四字熟語から名詩名文を訪ねる
第53回 『有為転変』ういてんぺん

世の中が移り変って少しも同じ状態にとどまらないこと。無常で、はかない。四字の熟語としての古い用例は見当らない。仏教で、もろもろの因縁が生ずる現象を「有為(うい)」という。『景徳伝導録(けいとくでんどうろく)』(宋の道原(どうげん)の法語録)に「一切の善悪有為無為は皆夢幻の如し」とある。すべての物事は夢幻(ゆめまぼろし)のごとく移り変ってゆく、ということ。類似の言葉に「諸行無常(しょぎょうむじょう)」がある。
わが国の「太平記」に「有為転変の世の習い、今に始めぬことなれども」とあるように、これらの言葉はわが国の文学に溶けこんで耳に親しい。

楽しい素読

   蘇台覧古(そだいらんこ) 〔唐〕李白
○蘇台は、いまの江蘇省州府呉県の西南、始蘇山上にあった。
○覧古は、古蹟をたずねて昔をしのぶ。

旧苑(きゅうえん) 荒台(こうだい) 楊柳(ようりゅう)(あら)たなり
菱歌(りょうか)清唱(せいしょう) (はる)()えず
只今(ただいま)()()西江(せいこう)(つき)
()って()らす呉王宮裏(ごおうきゅうり)(ひと)

大意
ふるい庭園。荒れはてた高台。ただ楊柳だけが青青と新しい。ひしの実をつみとる歌の清らかな合唱をきくと、うつくしい春の季節が悩ましくてやりきれない。
いまはただ、西の大川の月があるだけ。むかし呉王の宮殿の中の美人を照らした、あの月が。

鑑賞
紀元前五世紀、いまの江蘇省南部にあった呉の国と、浙江省の北部にあった越の国とは、隣り合せでしかも仲がわるかった。はじめ呉が越を討とうとして失敗し、王は戦死した。王子の夫差が即位し、名臣伍子胥の補佐をうけ、復讐を志し、朝夕、薪の中に臥し、人が部屋を出入りするごとに言わせた。「夫差、おまえは越のやつが父を殺したのを忘れたか!」とうとう越を破り、越王を会稽山で降参させたが、助けてはいけないという伍子胥(ごししょ)の意見をきかず、越のワイロを受け太宰嚭の意見をきいて、越王の命をゆるした。越王勾践は国に帰ると、にがい胆を左右にぶらさげ、それを嘗めては言った。「おまえは会稽の恥を忘れたか!」そして范蠡(はんれい)という智将とともに呉を討つ計画をねった。呉王夫差は勝って油断した。名臣伍子胥は太宰嚭にザンゲンせられて死を命ぜられた。
「わが墓に檟(えのき)を植えよ。檟は(呉王の棺桶の)材料になるであろう。わが目の玉をくりぬいて東の門に懸けよ。越の軍隊が呉をほろぼすのを必ず見るであろう。」かれはこう言い、自ら首をはねて死んだ。夫差は、馬の皮でつくった袋にその屍をつつみ、揚子江へ投げこんだ。
夫差は堕落した。始蘇台というゼイタクな宮殿をきずき、越から贈られた絶世の美女、西施を愛して遊びたわむれた。
二十年後、着々と国力をたくわえた越は、呉を討った。呉は連戦連敗、夫差は始蘇台上に和睦を請うたが、越の智将范蠡はききいれなかった。夫差「子胥にあわす顔がない」といって顔を布で包んで死んだ。
苦心のすえ、会稽の恥をすすいだ越王勾践も、そののち、呉王夫差の道をたどり、ゼイタクな生活におぼれ、越の国もやがて滅びてゆくのであった。

     越中覧古(えっちゅうらんこ)
越王勾践(えつおうこうせん) ()(やぶ)って(かえ)
義士(ぎし)(いえ)(かえ)りて(ことごと)錦衣(きんい)
宮女(きゅうじょ)(はな)(ごと)春殿(しゅんでん)()
只今(ただいま)()鷓鴣(しゃこ)()()るのみ

○鷓鴣 越の国で産する鳥で、うずらに似てやや大きく、なき声が非常にかなしいという。

大意
越王勾践は嘗胆の苦心のすえ、呉をやぶり、会稽山の雪辱をとげて帰った。二十年雌伏の間、忠義をつくした勇士たちも、皆恩賞に浴し、錦の着物をきて故郷にかえった。越王の宮中の女は咲く花のように、春の御殿に満ちあふれた。
いまはただ、越の鳥の鷓鴣が飛びまわっているだけである。