素読のすすめ 第9~13回
他人の
他の山の粗悪な石でも それを用いて自分の
悪い石でも、玉を磨く材料(手段)になるという、もとの意味から広がって、自分に直接関係ないことでも、それによって自分を反省する材料とすることができる、という意味に用いる。
「
「論語」述而第七
大意
孔先生がおっしゃるには、「私とほか二人で事を行なえば、きっとそこには師と仰ぐところが見出せる。それは、より善なる者を選択してそれに従い、より悪なる者は我が身に反省して改めるからだ」と。
―古いことを研究し、新しいことを知る―
「
「故」は古いこと。「溫」はじっくりあたためるように身につけること。これを
大意
故きを溫ねることと新しく知ることとは正反対の事柄になるわけですが、故事来歴を充分研究すると同時に、けれどもまた、新しくだんだん進歩発展するところも知る。両方知れば人の師たるものである。(べしはたるという意味)
米の一粒一粒が農民の苦労の結晶である、ということから、こつこつ努力して物事を成し遂げる意に用いる
大意
稲の雑草取りをしていると 太陽は真上にのぼり汗が稲の根もとの土の上にしたたり落ちる
誰が知っていよう、うつわの中のごはんの一粒一粒がみんな農民の労苦のたまものであることを。
鑑賞
「粒粒辛苦」の語の出典として有名な詩
血と汗をしぼられながら農に励む人たちを、世の人よ、思いやってみよと、訴えています。
孟子(名は軻(か)・字(あざな)は子輿(しよ)中国戦国時代の思想家)の母が息子である孟子の教育のために、三度住居を移したこと。子どもの教育にはよい環境を選ばなければならないという教え。
小学内篇稽古第四
大意
孟軻(孟子の名)の母は賢母であった。はじめ墓地の近くに住居があったが、幼い孟子は、毎日ここで踊躍したり、墳墓を築いたり、死人を埋めたりする葬式のまねをして遊んでいた。母は、これに気付いて、子供の教育上宜しくないと、市場の近くに住居を移した。今度は、孟子は商人を見習って遊ぶので、母はまた、子供を住まわせるにふさわしくないと、今度は、学校の傍に住居を移した。孟子はそこで、師弟が礼儀を習うのを見習い、俎豆を並べたり、礼を交わして讓り合い、礼容を以て行動するなどの学校ごっこをして遊ぶようになった。母は、こここそ子供によい環境であると長くここに住んで移らなかった。
○舎……家・住居
○墓間の事……喪祭
○踊躍……喪の時、近親や弔問者が行う、哀痛を示すしぐさ。
○築埋……築は墳を築くこと、埋は埋葬。
○賈衒……賈は店にいて売ること、衒は行商である。
○学宮……古えの学校
○俎豆……俎は肉を載せるつくえ、豆は菜を盛るたかつき。俎豆を設けるのは、祭祀、賓客接待の礼儀のまねである。
第二章 勉強・努力
「文」と「武」との両方に優れていること
知識や教養の面(文)と、体力や武道(スポーツ)の面(武)とを兼ね備えた人についていう。
※
大意
酒に向かえば、大いに歌うべきである。人の一生は、いったいどれだけ(の長さが)あるというのか。たとえば(それは)朝露のような(はかない)ものなのだ。(すでに)過ぎ去った月日はきわめて多い。(それを思えば)嘆き悲しんで、さらに大いに心高ぶり嘆くばかりである。(その)深い憂いは、除き難いのだ。いったい、どのようにして憂いを除いたらよいのか。ただ酒があるばかり(であり、それに向かって歌うばかり)である。
大意
青青とした君の(着物の)襟、(その君を慕う)はるかなわが思いとただひとえに(若い才能のある)君を求めるがために、深く思い沈んで今に至っているのだ。(また、)鹿が友を呼んで鳴き、野のよもぎを食べている。私に(それに似た)よい客が来たならば、瑟をひき、
大意
(しかし)明るい月のような光(を放つ人材)は、いつになったら選び取ることができようか(賢才にめぐりあえぬ)。憂いが心の中からわいて来て、断ち切ることができない。
東西に走る道を越え、南北の小道をわたって、わざわざ訪れる(人がある)ならば、固い交わりを結んで、くつろいで語り合い、心(の中深く)に、昔からのよしみを(忘れまいと)思おう。
大意
(折しも)月の光がさえわたり、星の光がまばらとなる中を、かささぎが南に向かって飛んでゆくようす(それは、今天下安定のさまに似ている)。高い樹木を三度も(飛び)回って、どの枝に身を寄せようかと迷っているようす(それは、世の賢才たちが、どこに身を寄せるべきかに迷っているさまに似ている)。
山は高くなることを避けきらうことなく、海は深くなることを避けきらうことはない(あくまでも高く、深くなることを願うものだ)。(昔、あの)周公は(天下の賢才を失うことを恐れて)一食の中に何回も、口中の食物を吐いて、人に接し、世の人々の心は、すべて周公に従った(というではないか。まずはその周公を見習いたいものだ。)
鑑賞
日月の過ぎ去ることの速さを嘆き、それにつけても天下の英才を得て魏の国の隆盛を期したいとする「文武両道」を兼ねた英雄曹操の気概面目躍如たるものがある詩です。